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研究・調査

富山産業保健総合支援センターの調査研究コーナー

富山市医師会報 第423号,4-5, 平成18年6月25日
ヒトが壊れる
加須屋 實

 毎日のように不可解・不条理な殺人が報道されています。最近では、「母を殺害した感覚を思い出し、誰かを殺したくなった」(大阪市・姉妹殺害事件・22歳男、04.11)、「殺したかったから投げ落とした」(川崎市・男児投げ落とし事件・41歳男、06.3.20)、「むしゃくしゃした気を晴らすためにやった。相手は誰でもよかった」(高野山・写真店主殺害事件・高2男子、06.4.24)、などがあります。平塚5遺体事件(54歳女、06.5月発覚)なども理解の難しい範疇にはいるのではないでしょうか。また、この間、幼児、小学生の犠牲が続いています。古くから、また世界中で快楽殺人や殺人癖といった不条理な殺人は発生していますが、こんなに日常的に発生しているものなのでしょうか。

 だいぶ以前になりますが、フランスの道徳統計学(当時このような分野があったらしいです)者ゲェリーが、他殺率が高い地域では自殺率が低いことなどを根拠に、(集団における)殺人癖の大きさは一定であり、自殺と他殺は相反関係にある、という主旨の発表を行いました(1833年)(「自殺について」岡崎文規、三一書房、1965年)。勿論現在は、「(集団における)一定の大きさの殺人癖」とか「自殺と他殺は同一の源(殺人衝動)から発している」といった理論に対する支持者は多くはないでしよう。しかし、ある社会環境のもとで一定の社会病理現象が生み出されることは認めざるをえません。

 平成10年から突如として3万人を超え、いまだに減少傾向のない自殺死亡者も社会病理現象の一つですが、他の指標はどのようになっているのでしょうか。いくつかの指標について平成10年前後で簡単に比較してみました。

 ・自殺死亡総数:平成9年23,494、同15年32,109 (1.4倍)
 ・重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦、略取、強制わいせつ)認知件数:平成9年12,366、同15年23,971 (1.9倍)
 ・侵入強盗: 平成9年1,002、同15年2,865 (2.9倍)
 ・夫から妻への暴力のうち傷害の検挙件数:平成9年340、同15年1,211 (3.6倍)
 ・家出人捜索願の受理件数:平成9年86,372、同15年101,855 (1.2倍)

 指標は他にも沢山あり、また、すべての指標が増加しているわけではありません。赤ちゃん殺しや幼児殺人などは1970年代以降減少してきています。ただし、小学校就学前児童の殺害数は、2003年の39人から2004年は60人と増加しました。ともあれ、因果関係がどうであるかは別として、厳しい社会経済環境は、自殺死亡者急増の一方で重要犯罪や侵入強盗などの増加を生み出していることがわかります。そして、安定した社会生活の根底を支えるはずの家庭生活が大きく揺らいでいる様子が、夫の妻への暴力が4倍近くに増えていることや、家出人が10万人を超える状況などからうかがえます。このような不安な社会情勢を背景として、前記のような人間性の根幹が壊れたような事件が噴出してきているように思われてなりません。

 現在地球上あちこちで、民族紛争や宗教戦争的な状況がまん延していますが、考えてみるとまことに異常な事態です。憎しみ・殺し合いの連鎖の果てに何が見えてくるのでしょう。しかも、地球環境はすでに壊れてしまい、その修復の目途は立っていません。ヒトの崩壊とどこかで繋がっているのでしょうか。自分にできることはほとんどないのが残念です。取りあえずできることに専念するしかないと考えて、過重労働対策に取り組んでいる毎日です。


(愛宕班)

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