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研究・調査

富山産業保健総合支援センターの調査研究コーナー

医報とやま No1349,10-14,平成15年12月
金属による健康障害〓MSDS通知対象物質にみる金属〓
富山産業保健推進センター所長 加須屋 實

◆はじめに
 平成4年に「化学物質等の危険有害性等の表示に関する指針」が出され、続いて平成12年に労働安全衛生法が改正され、MSDS交付を義務づけた「通知対象物質」が示された。その数は実に600物質を趨えるが、日本の産業界で使用されている化学物質55,000種類、しかも新規物質が毎年500種類以上導入されている現状からするとまさに氷山の一角でしかない。産業保健にかかわる者としては、せめて「MSDS交付義務・通知対象物質」約640物質とはどのようなものであるかを概略でも把握したいという思いから逃れることはできない。しかし、そのことさえも容易ではなく、とりあえず金属化合物に限って概観したい、というのが本稿の目的である。

◆歴史的経過
 昭和初期までに炭鉱災害を軸として二硫化炭素による中毒性精神病、メッキ工場でのクロムによる鼻中隔穿孔、ニトロベンゼンなどによる貧血、タールによる肺がん、ヒ素による皮膚がん、航空機燃料に使用された四エチル鉛中毒などが発生していた。終戦後も類似の職業性疾患による被害が繰り返され、個々の有害化学物質に対応する形で「四エチル鉛危害防止規則」施行(昭和26(’51)年)をはじめ「鉛中毒予防規則」(昭和42(’67)年)、「特定化学物質等障害予防規則」(昭和46(’71)年)など特別規則が制定された。
 一方、昭和28(’53)年にテレビ放送が開始され、昭和39(’64)年の東京オリンピックで全国に普及した。昭和51(’76)年にNECよりTK〓80として発表されたパソコンは昭和56(’81)年にPC〓8001と進化し、昭和57(’82)年にはPC〓9801が発表され全国に普及した。このような先端技術・電子機器開発の展開に伴って数多くの化学物質が開発され産業界に導入され続け、個々の化学物質に個別に対応する形の特別規則ではとうてい対応できなくなった。また背景には水俣病を初めとする公害の多発があり、産業界という塀の内側から流出する化学物質による地球規模の環境汚染・破壊対策も焦眉の急となった。
 平成4(’92)年には「化学物質等の危険有害性等の表示に関する指針」が示され、平成7(’95)年に「製造物責任法(PL法)が施行、平成11(’99)年にはPRTR制度・特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」が施行された。さらに、平成12(’00)年には労働安全衛生法が改正され、「化学物質管理指針」、ついで「通知対象物・MSDS交付義務」が制定された。化学物質に関する職域と地域の統合的管理を目指すと共に、職域における包括管理の体系が形成されたことになる。

◆MSDS通知対象物質中の金属化合物
 「労働安全衛生法によるMSDS通知対象物質」は「労働安全衛生法第56条第1項に規定する製造許可物質」の7物質と「労働安全衛生法施行令別表9(名称等を通知すべき物質)」に掲げる631物質からなるが、これらの中から、金属を含む化合物を拾い上げ表1に示した。なお、「半金属に分類されることもある元素」のうちリンは除き、セレンは入れた。90項目(物質)が抽出された。 これらの金属化合物がどのようなものであるかを理解するために、特別規則(特化則、鉛則など)に含まれている一部の化合物を除いて、上記90項目の中から、リストの上から順に50項目までについて性状、用途、毒性などを調べた。

【表1 労働安全衛生法によるMSDS対象物質の中の金属】
・安全衛生法第56条1項に規定する製造許可物質
名称 CAS番号 特別則 PRTR法
ベリリウム及びその化合物 7440-41-7(ベリリウム) 特化1類 第1種

・労働安全衛生法令施工令;別表第9に掲げる物質
政令
番号
名称 CAS番号 特別則 PRTR法
9
26
29
32
アジ化ナトリウム
亜硫酸水素ナトリウム
アリル水銀化合物
アルキルアルミニウム化合物
26628-22-8
7631-90-5
  第一種-175
33 アルキル水銀化合物
ジメチル水銀
ジエチル水銀
593-74-8
627-44-1
特化則2
特化則2
特化則2
第一種-175
第一種-175
第一種-175
37 アルミニウム水溶性塩      
38 アンチモン及びその化合物 7440-36-0
(アンチモン)
  第一種-25
55 イットリウム及びその化合物 7440-65-5
(イットリウム)
   
59 インジウム及びその化合物 7440-74-6
(インジウム)
  第二種-9
95 塩化亜鉛 7646-85-7   第一種-1
112 オキシビスホスホン酸4ナトリウム 7722-88-5    
130 カドミウム及びその化合物 7440-43-9
(カドミウム)
特化則2 第一種-60
132
138
カルシウムシアナミド
銀及びその水溶性化合物
156-62-7
7440-22-4 (銀
  第一種-64
143 クロム及びその化合物 7440-47-3
(クロム)
  第一種-68,69
168
172
ゲルマン
五酸化バナジウム
7782-65-2
1314-62-1
特化則2 第一種-99
173 コバルト及びその化合物 7440-48-4
(コバルト)
  第一種-100
180
189
190
191
192
193
197
198
200
酢酸塩
酸化亜鉛
酸化アルミニウム
酸化カルシウム
酸化チタン
酸化鉄
三酸化ニほう素
三臭化ほう素
三弗化ほう素
301-04-2
1314-13-2
1344-28-1
1305-78-0
13463-67-7

1303-86-2
10294-33-4
7637-07-2
  第一種-230
212 四アルキル鉛

四チエル鉛

四メチル鉛


78-00-2

75-74-1
四アルキル鉛則
四アルキル鉛則
四アルキル鉛則
第一種-230

第一種-230

第一種-230
213
214
216
シアン化カリウム
シアン化カルシウム
シアン化ナトリウム
151-50-8
592-01-8
143-33-9
特化2類

特化2類
第一種-108
第一種-108
第一種-108
236 シクロペンタジエニトルトリカルボニルマンガン 12079-65-1   第一種-311
250 2.4-シグロロフェノキシチエチル硫酸ナトリウム 136-78-7    
258
260
四酸化オスミウム
ジシクロペンタジエニル鉄
20816-12-0
102-54-5
   
269 ジナトリウム=4-[(2,4-ジメチルフェニル)アゾ]-3-ヒドロキシ-2-7-ナフタレンジスルホナート
【ポンソーMX】
3761-53-3    
270 ジナトリウム=8-[[3,3'-ジメチル-4'-[[4-[[(4'-メチルフェニル)スニホル]オキシ]フェニル]アゾ][1,1'-ビフェニル]-4-イル]アゾ]-7-ヒドロキシ-1,3-ナフタレンジルホナート
【ICアッシドレッド114】
6459-94-5   第二種-31
271 ジナトリウム=3-ヒドロキシ-4-[(2,4,5-トリメチルフェニル)アゾ]-2-7-ナフタレンジスルホナート
【ポンソー3R】
3564-09-8    
286 [4-[[4-(ジメチルアミノ)フェニル][4-[エチル(3-スルホベンジル)アミノ]フェニル]メチリデン]シクロヘキサン-2,5-ジエン-1-イリデン](エチル)(3-スルホナトベンジル)アンモニウムナトリウム塩
【ベンジルバイオレットB】(【CIアッシドバイオレット49】ともいう)
1684-09-3   第二種-52
310 シラン 7806-62-5    
311 シリカ
非晶質-珪藻土
非晶質-ヒューム
非晶質-溶融シリカ
非晶質-沈殿及びゲル
非晶質-クリストバライト
非晶質-石英
非晶質-トリジマイト
非晶質-トリポリ
61790-53-2
69012-64-2
60676-86-0
112926-00-8
14464-46-1
14808-60-7
15468-32-3
1317-95-9
   
312 ジルコニウム化合物 7440-67-7
(ジルコニウム)
   
314 水銀及びその無機化合物 7439-97-6
(水銀)
特化2類 第一種-175
315
316
317
318
319
320
水酸化カリウム
水酸化カルシウム
水酸化セシウム
水酸化ナトリウム
水酸化リチウム
水素化リチウム
1310-58-3
1305-62-0
21351-79-1
1310-73-2
1310-65-2
7580-67-8
   
321 すず及びその化合物 7440-31-5
(スズ)
  第一種-176
(有機のみ)
323
324
325
326
331
ステアリン酸亜鉛
ステアリン酸ナトリウム
ステアリン酸鉛
ステアリン酸マグネシウム
セスキ炭酸ナトリウム
577-05-1
822-16-2
1072-35-1
557-04-0
533-96-0
  第一種-230
332 セレン及びその化合物 7782-49-2
(セレン)
  第一種-178
334 タリウム及びその水溶性化合物 7440-28-0
(タリウム)
  第二種-44
335 炭化けい素 409-21-2    
336 タングステン及びその水溶性化合物 7440-33-7
(タングステン)
   
337 タンタル及びその酸化物 7440-25-7
(タンタル)
   
350
351
355
デカボラン
鉄水溶性塩
テトラエトキシシラン
17702-41-9

78-10-4
   
363 テトラナトリウム=3,3-[(3,3-ジメチル-4,4'-ビフェニリレン)ビス(アゾ)]ビス[5-アミノ-4-ヒドロキシ-2,7-ナフタレンジスルホナート]
【トリンパンブルー】
72-57-1    
364 テトラナトリウム=3,3'-[(3,3'-ジメトキシ-4,4'-ビフェニリレン)ビス(アゾ)]ビス[5-アミノ-4-ヒドロキシ-2,7-ナフタレンジスルホナート]
【ICダイレクトブルー15】
2429-74-5   第二種-48
372 テトラメトキシシラン
【オルトケイ酸テトラメチル】
681-84-5   第二種-16
375 テルル及びその化合物 13494-80-9
(テルル)
  第二種-50
378 銅及びその化合物 7440-50-8(銅)   第一種-207
(水溶性塩のみ)
395 トリシクロヘキシルすず=ヒドロキシド 13121-70-5   第一種-176
397 トリス(N,N-ジメチルジチオカルバメート)鉄[ファーバム] 14484-64-1    
410 鉛及びその無機化合物 7439-92-1(鉛)
鉛則
  第一種-230
411 ニ亜硫酸ナトリウム 7681-57-4    
412 ニッケル及びその化合物 7440-02-0
(ニッケル)
  第一種-231、
232
435 白金及びその水溶性塩 744-06-4
(白金)
   
436 ハフニウム及びその化合物 7440-58-6
(ハフニウム)
   
447 バリウム及びその水溶性化合物 7440-39-3
(バリウム)
  第一種-243
456 砒素及びその化合物 7440-38-2
(砒素)
  第一種-252
(無機のみ)
473
526
527
フェロバナジウム
ペルオキソニ硫化カリウム
ペルオキソニ硫化ナトリウム
12604-58-9
7727-21-1
7775-27-1
   
537 ペンタクロロフェノール【PCP】及びそのナトリウム塩 87-86-5(PCP) 特化2類 第一種-303
(PCP)
540 ペンタボラン 19624-22-7    
542 ほう酸ナトリウム
メタ硼酸ナトリウム
四ほう酸ナトリウム【ほう砂】
五ほう酸ナトリウム
ほう酸ナトリウム五水和物
ほう酸ナトリウム十水和物
7775-19-1
1330-43-4
12007-92-0
12179-04-3
1303-96-4
   
548 マンガン及びその無機化合物 7439-96-5
(マンガン)
特化2類 第一種-311
575 2-メチルシクロペンタジエニルトリカルボニルマンガン 12108-13-3    
610 モリブデン及びその他の化合物 7439-98-7   第一種-346
608
609
硫化水素ナトリウム
硫化ナトリウム
16721-80-5
1313-82-2
   
629 ロジウム及びその化合物 7440-16-6
(ロジウム)
   

<注1>
「特化」;「特定化学物質等障害予防規則」
「四アルキル鉛則」;「四アルキル鉛中毒予防規則」
「鉛則」;「鉛中毒予防規則」

<注2>
半金属に分類されることもある元素のうちリンは除き、セレンは入れた。

<参考>
「労働安全衛生法によるMSDS通知対象物質」(7物質)
「労働安全衛生法施行令別表9(名称等を通知すべき物質)に掲げる物質(631物質)


◆災害可能\性と毒性からみたMSDS通知対象金属化合物(表2)
 調べたすべての物質を当てはめることが出来たわけではないが、化学物質自体の危険性と毒性との組合せから、次の4群に分類した。
〓「危険な性質(自然発火・熱分解で有害なガス発生・水と爆発的に反応)」ならびに 「強い急性毒性(皮膚・粘膜に強い刺激性・腐食性など)」を併せ持つ物質。
〓「危険な性質」をもつが急性毒性、とくに職域でのそれ、は顕著でないもの。
〓「危険な性質」を持ち、しかし急性毒性は顕著ではないが、じん肺など慢性影響や発がん作用のあるもの。
〓それ自体の「危険性は低い」が慢性毒性や発がん作用を示すもの。

【表2 MSDS通知対象物質中金属化合物の災害可能性と毒性から見た分類】
1 危険な物質(自然発火・熱分解で有害なガス発生・水と爆発的に反応、など)

〓強い急性毒性(皮膚・鼓膜に強い刺激性・腐食性など)
・アジ化ナトリウム、アリル水銀化合物、アルキルアルミニウム化合物、アルミニウム水溶性塩、アンチモン及びその化合物、塩化亜鉛、ゲルマン、三臭化ほう素、三弗化ほう素、シラン、水酸化カリウム、水酸化セシウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水素化リチウム、等。

〓弱い急性毒性(とくに職域での毒性は顕著でない)
・イットリウム及びその化合物、インジウム及びその化合物、ジルコニウム化合物、等。

〓慢性疾患(じん肺など)・発がん作用
・コバルト及びその化合物、等。

2危険性は高いと言い難い+弱い急性毒性+慢性疾患(じん肺など)発がん作用
酢酸鉛、酸化亜鉛、酸化チタン、酸化鉄、ポンソーMXなどの色素類、シリカ等。


◆用途からみたMSDS通知対象金属化合物(表3)
 参考までに用途からみた分類も試みたが、先端産業・半導体関係での用途が多い。この分野での利用開発の過程で物質処理方法が進化し、例えば極めて微細な粉末にする、さらには高速で衝突させる、などの利用が行われるようになったため、従来毒性があまり問題にならなかった物質でも呼吸器障害の危険性を考えなければならなくなった例もある。したがって、この分類では〓と〓とで重複する物質も少なくない。

【表3 MSDS通知対象物質中金属化合物の用途から見た分類(重複あり)】
〓先端産業・半導体での用途が増加したもの
・アルキルアルミニウム化合物、アンチモン及びその化合物、イットリウム及びその化合物、コバルト及びその化合物、酸化亜鉛、酸化アルミニウム、酸化鉄、三臭化ほう素、ゲルマン、ジルコニウム化合物、シラン、シリカ、水素化リチウム、など。

〓使用方法が変わった(微細粉末にするなど)ため発火などの危険性が増加したり、じん肺などの毒性が問題になってきたもの
・クロム、酸化亜鉛、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化鉄、ジルコニウム化合物、など。

〓軽視できない毒性があり、用途が拡大しているのに規制が不十分だったもの
・カルシウムシアナミド(石灰窒素)、酸化カルシウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、など。


◆参考例
 紙面の制約から2物質だけを例示する。
〓「アルキルアルミニウム化合物」の中からトリメチルアルミニウム。半導体材などの利用があり、自然発火性であり、組織を激しく傷害する。

性状:水中で激しく爆発。無色の透明液体。空気にさらすと瞬時に発火、室温で発火する。すなわち自然発火性。70℃以上で熱分解。
用途:半導体の材料、合成中間体、ブタジエン重合などの触媒、試薬、金属のエチル化剤、還元剤、純金属アルミの製造、アルミメッキなど。
毒性:皮膚粘膜を問わず、組織を激しく傷害する。爆発時に発生する白煙にも刺激性があるので、吸入により呼吸器がおかされる。

〓「イットリウム及びその化合物」の中からイットリウム。金属イットリウムは合金として利用されるが、他のイットリウム化合物とあわせてエレクトロニクス関連産業での使用が多い。加熱分解し有害ガスを発生するものが多いが、毒性は顕著でない。

性状:灰黒色六方晶系結晶。粉末の形で空気やハロゲンと反応すると燃える。
用途:電子工業材料(半導体)、触媒、蛍光体として用いられる。
毒性:毒性についてのデータはない。ランクン類似元素の一つであるので、血液に対して抗凝結作用があると想定されている。

◆まとめ
 MSDS通知対象物質中の金属化合物の一部について性状、用途、毒性を調べたところ、半導体製造をはじめとする先端産業にかかわるものが多かった。また、従来から普遍的に利用されている物質についても、用法が変化することにより毒性がより問題になるものも含まれていた。

◆主な資料
・「12394の化学商品」化学工業日報社1994.1.
・「国際化学物質安全性カード(ICSC)日本語版第3集」化学工業日報社、1994.7.11.
・「国際化学物質安全性カード、(ICSC)日本語版第4集(第2集改訂版)」化学工業日報社、1999.12.
・「産業中寺便覧・増補版」、医歯薬出版、1994.・TheMerckIndex,13thed.,Merck&Co.,Inc.,2001.
・NIOSHPocketGuidetoChemicalHazards, 1990.・許容濃度等の勧告(2003年度)、日本産業衛 生学会、産業衛生学雑誌、45(4),2003.7.

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