【所長のコラム】/鏡森定信

名料理人の職場外巡視、一つの現場主義

 昼少し前に駅前を歩いた時、この界隈でお店を構えている有名料亭の知り合いのオーナ料理長が、人ごみの中ゆっくりと普段着で歩いてくるのが見えた。彼の方は私に気づいていなかった。彼は私の前方左手の牛丼で全国的に有名なその駅前店に入っていった。私にとって予想外の成り行きであった。通りすがりにお店の中をうかがうと彼はカウンター席に座り何かを注文する体勢にあった。
 余りにも予想外のことだったので、この光景をどう理解すればいいのか一瞬戸惑った。
 何故? 彼は交友や商用でよく県外に出かける。そこでもそれなりの舌の遊びはやっているが、近所の大衆店にまで出向いて舌の遊びをしているとは意外であった。“味覚が衰えた”というようなことは言っていたが、割烹とは大きく違う大衆店で舌を鍛錬するつもりなのか、それとも人々の味覚の動向視察なのか、あるいは単に牛丼が食べたくなったのか?
 ところで、米国生まれで世界に広まっているあの飲み物でも、いろいろデーターを分析して、“北陸、特に富山では甘みを強くしたものがよく売れる”との分析結果から、それを商品に反映させていると聞いたことがある。全国に展開しているこの牛丼店も沢山のデーターを分析して味づくりに専念しているであろう。 苦労し老成した今や名料理人となった彼の“デジタルとアナログの切磋琢磨?”の職場外巡視として一応私の記憶に納めた。

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