過労死を出した大手企業の産業医は?
電通の産業医として残業100時間を超える多くの本社社員を面接したことのあるY医師は、被面接者はマスコミ、量販店、自動車メイカーなど長時間労働で知られる業界を顧客として抱え、時間外でも無理を聞かざるを得ない担当者に偏っており、長時間労働が染み込んだ日本全体の企業風土を変えない限り問題は解決しないと述懐している。
私が一緒に学んだロンドン大学教授のマーモット卿が少し前に出した”The Health Gap”で、彼が精神科医になることを断念した経緯を述べている。―――「いつから、具合が悪くなったのですか?」と精神科医が、患者に尋ねた。「はい先生。主人は、飲むといつも私を殴り、息子はまた刑務所に戻り、十代の娘は妊娠しており、私も何をする気力もなく泣いてばかりで、夜も眠れません。もう、死んだほうがマシです。」。精神科医は婦人に、青い薬はもう飲まずに、この赤い薬を飲むように指示した。婦人は、おずおずと出て行った。それだけ? 他にすることはないのか? 訝しがる私たち医学生に精神科医は、他になす術はない、と説明した。彼女の症状が赤い錠剤を必要といているのではないことはあきらかだった。鬱状態が環境からくるものであることは、はなから解っていた。しかし、精神科医にできることは殆どなかったのだろう―――(新庄文明試訳)。精神科が分からないから産業医をやめるという医師にはぜひ読んでほしい本(日本評論社から出版の予定)である。この筋の同教授の既刊本Social Determinants of Health (邦訳タイトル;21世紀の健康づくり;監訳;鏡森定信)は当センターで所蔵、改定版の邦訳は近く出版される。